かわちゃん紀行

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zoom RSS 私たちのワイン。

<<   作成日時 : 2012/01/31 04:20   >>

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サンティアゴデクーバ3日目からは、ここでもダンスレッスンを受けることにした。

サルサでも良かったのだけれど、ハバナでルンバに魅せられてしまった私は、日本のサルサの先生に「せっかくキューバ行くならルンバでも習ってきたら?」と言われていたことや、日本じゃなかなか習えないこともあって、ルンバを習うことにした。

カサのカルロス(オーナーの息子)から元プロダンサーのウィリアムとベラキスご夫妻を紹介してもらい、1時間のレッスンを受けることになった。

一日目、基本のステップと上半身の動きを習った。

気が付くと、あっという間に1時間が終わってしまっていた。

もう汗だく。

その後シェアメイトのサルサのレッスンにも参加し、合計1時間半くらいのレッスンを受けた。

日本では全く馴染みのないルンバ。

簡単に言うと、ルンバ(ソーシャルダンスのルンバとは別物!)はアフリカがルーツのペアダンスで、男性と女性で踊る。

まるで体を使った会話そのもの。

男性が踊っている間に、それぞれのやり方でフェイントをかけたりしながらボールを投げる仕草を挟んでくる。

それをされたら、女性は股間を隠すフリをしたりしてそれをかわす。

これだけ読んだらなんじゃそらって感じだと思うけれど、とにかくめっちゃくちゃかっこいい。
(youtubeの貼り方がわからないから興味ある人はぜひ見てみて欲しい。cuban rumbaとかで出るかな。 )

野性的でいて、果てしなく自由。

私はすっかり気に入ってしまい、少なくとも1週間は習い続けることに決めた。

それから出発当日まで毎日欠かさずレッスンに通った。

レッスンの前はカサでストレッチと準備運動をし、美しいシエラマエストラ山脈と、時折大きな船が停泊する港を見ながら坂をあがって教室に通い、帰ってきてからはレッスンを撮ったビデオを見て復習をする。

夜はたいていCasa de la trovaやSalon del son、Casa de la musicaに音楽を聴きに行っては何人ものキューバ人と踊り(サルサだけど)、上手い人たちのダンスをみて研究した。

そんな毎日だった。

日本の先生に「キューバで修行してきます!」と言った通りの生活になっていた。

その内、全然観光もしなくなった。

安くておいしいご飯は、カサのすぐ目の前のレストラン(普通の民家のリビング)で食べることができたし、先生の家も近い。

おまけにカサのある町内の人とも仲良くなったから、暇があれば遊びにいったりすればいい。

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(こんなところ)

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(ある日の午後の虹)


カサのファミリーも本当に家族のように接してくれるから、徒歩5分圏内で生活しても何の不自由もしないのだ。



そんなご近所さんの中で一番仲良くなったクバーノの友達にウルセがいる。

36歳のトランペット奏者で、【Buena vista social club】のメンバーを輩出した伝統あるCasa de la trovaというライブハウスで、毎週土曜日に演奏しているバンドのメンバーの一人だ。

これだけ書くとすごい渋い演奏家みたいな感じがするけど、ウルセはその間逆で、いつでも酔っ払って笑っている、なんとも憎めない子供みたいな人なのだ。

カサの3軒隣くらいに住んでいて、一度ライブを聞きにいったきっかけで仲良くなった。

それからは道端で喋ったり、お家に遊びにいったり、一緒にtrovaに踊りに行ったりするようになった。



ある日、一緒にでかけようと言って、ウルセの家まで迎えに行ったときのこと。

ウルセの家には友達がたくさん来ていて、みんなでドラマを見てるみたいだった。

ウルセは、「とにかくちょっと一緒にこれを見ようぜ!」と言ってビールをくれ、私をソファに座らせた。

幼馴染とかご近所さんなのかわからないけれど、その友達たちと一緒にドラマを見ることに。

性描写があまりにもダイレクトすぎるキューバのドラマを見ながら、ふと目の前のイスに座っている友達を見ると、めっちゃスタイルの良い美人のムラータ(混血の女の子)が、なぜか左のブラにしっかりと手を突っ込みながら画面に釘付けになっていた。

しかも時々揉む仕草も見せている。






なんでやねん…。






もうこっちが釘付けである。

ほんとキューバ人は、インド人と同じくらい突っ込みどころが多い。

なんて愛すべき国民なんだろうか。

ドラマがしばらくして終わり、そろそろ出かけるのかと思いきや、予想に反しまくって急にカラオケ大会が開かれ始めた。





今日はもうどこも行かん感じやな…。





この瞬間、そう確信した。

彼らはいつもそうしているんだという様な自然な流れで、例に漏れずどこの家にもあるでっかいスピーカーから、キューバ、メキシコ、プエルトリコの音楽を流し、テレビのリモコンやクラーベをマイク代わりに歌い始めたのである。

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(ちなみにこの子がおっぱい触りながらテレビ見てた子)

しかも一緒に歌えといって棒みたいなものを手渡して肩を組んでくるウルセの友人達。

曲も知らんし、歌詞もしらんし、無茶振りもええとこである。

しかし、そこはノリとフットワークのかわちゃん。

聞き取れたサビだけ感情を込めて適当に歌った。





そしたら、ウケた。(ヤッタネ!)





そっからはもうドントトップ。

ウルセは錆だらけのトランペットを吹き始め、一人は歌い、何人かは踊り、私はクラーベを叩くという、なんちゃってセッションタイムに。

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わけわからんけど、楽しい!!

みんな昔からのすごい仲良しなのに、私も元からそのメンバーだったかのように接してくれるウルセの友人達。

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まじでいいやつばっかり。

結局どこかへ出かけることもなくその日は夜中の1時過ぎまではしゃいで帰った。



キューバでは本当にこんなことばっかりで、レッスンの帰り、通りをぶらぶら歩いていたら、いきなり腕を掴まれて家にひきずりこまれた。

他の中米だったから、完全に身ぐるみはがされるシチュエーション。

けど、ここはキューバ。

なんと誕生日パーティに強制参加の合図だったのだった。

家の中を見回すとでっかいスピーカーから大音量で音楽が流れ、甘ったるそうなメレンゲのケーキとラムが机に並んでいた。

サラダとケーキをほぼ無理やり口の中に放り込まれ(マヨネーズとメレンゲの組み合わせはあかん)、ラムを飲まされる。

ようやく口の中が落ち着いた時には、もう手をひっぱられて踊ろうと誘われている。

この家はあんまり裕福な家じゃないみたいで、着ている服も家の中も結構ボロボロ。

所々はがれたタイルに足をとられながら、何曲か踊った。

レッスン後だったし、目にしみるほど汗をかいて見上げた天井からは、小さく青空が見えた。

壊れてそのままにされている屋根の周りには、ちっちゃな白い花まで咲いていた。

空は、とっても綺麗な青い色だった。

最後に、お祝いとしてハバナクラブを一本プレゼントして、私はパーティを後にした。



シャワーを浴びたあと、MAMA INESというカフェでチーズ入りのエスプレッソ(カフェクバニートという)を飲みながら、私はこんなことを考えていた。

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キューバ人には変な垣根がないんだろうなと。

彼らはいつだって全てをシェアしている。

食べ物も、タバコや葉巻やお酒も、音楽や楽しさだってそうだ。

その時持っている人が、持っていない人に分ける。

社会主義だからかどうかはわからないけど、そういう国なんだと思う。

ある時、仲良くなった子供が飴をくれたことがある。

その飴はかじられて半分になっていた。

いたずらに笑うその子が開けた口の中には、もう半分の飴が入っていた。

その子は、はじめから飴を一個しか持っていなかったのである。

でもそこに仲良くなった私がいた。

だからかじって『はんぶんこ』してくれたのだった。

ヒネテーロやヒネテーラと呼ばれる【たかり】の人もいるけれど、キューバって基本的にはそういう国なんだと思う。



カサのファミリーも本当に良くしてくれていた。

パパもママも、娘夫婦のカルロスも奥さんも、子犬のディンキーも、もう家族そのものだった。

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(カルロスと奥さんのオダリス)

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(私の腕を穴だらけにしてくれた可愛い子犬のディンキー)

カルロスはよくアイスを食べに連れて行ってくれ、沢山色んな話をしてくれた。

キューバの経済的な貧しさや独特な社会構造についても話をしてくれたし、私達は日本の物質的な豊かさやそれに伴って生じる貧富の差、そして自殺者の多い日本社会のある意味のもろさを話した。

そこでカルロスはキューバを表すこんな言葉を教えてくれた。




「私たちのワインは苦い。けれどそれが私たちのワインなのだ。」




日本の比にならない程、キューバはいつだって苦しかった。

革命後ずっと解除されないアメリカからの経済制裁、砂糖に頼りきった産業構造、ソ連(ロシアになってからも)との関係や、社会主義国として国際的な立位置の難しさ。

国民も、生活の保障はされているものの自由度は少なく、物資はいつだって不足している。

そんな生活をワインに例えているのだ。

そして、こんな言葉もあわせて教えてくれた。




「キューバ人は笑う。体全部を使って笑う。」




これは、どれだけキューバ人が楽しむ才能を持っているかということを表している。

目だけや、顔だけじゃなく、体丸ごとを使って笑うのだと。

一ヶ月だけだけれどずっとキューバを旅してきて、この2つの言葉はまさに彼らキューバ人を上手く表している言葉だと感じる。

キューバ人は「キューバは貧しくて、物がなくて大変だよ。」といつも言う。

けれど、「こんなに楽しくて、安全で、幸せにみんなが暮らせる国は他にない。」とも言う。

みんな自分の国に誇りを持っているのだ。

資本主義社会の中でも、物質的に世界トップレベルの豊かさを持つ日本に生まれた私は、心底彼らがうらやましかった。

ないものねだりであることはわかっているけれど、ほとんどの人が素直に自分の国を愛し、誇りに思っているその姿は、めちゃくちゃうらやましかった。



結局サンティアゴデクーバには11日間いた。

短い間だったのに、本当の家族や友達のように接してくれた町内のみんなに別れを告げて、私は一人でタクシーに乗った。

走り出しだ瞬間、ぐわっと寂しさと愛しさがこみ上げてきた。

フロントガラスから最後しっかり見ておこうと思ったサンティアゴの町は歪んで見えた。

珍しく降り始めた雨のせいなのか、すこし泣いてしまったからなのか。

きっとどちらもだ。

とにかく、めちゃくちゃ楽しかった。

Graciasぐらいじゃ足りない。

そんな気持ちだった。

私はそんな彼らにささやかなお返しとして、出来るだけ沢山の人にキューバを知ってもらおうと思った。

仲良くなった人はみんな、

「この写真を見せて、日本のみんなにキューバの楽しさを伝えて!絶対に!」
「社会主義って変なイメージがあるらしいけど、すごいハッピーな国なの!だからユカがみんなに伝えてあげてよ!」

こう言っていたから。

だからブログでもたくさんの記事を書くことで、ささやかな恩返しになればと思う。




こうして、あこがれ続けた坂の多い美しい革命の里は、とても優しい私の何番目かの故郷になった。




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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
なんか考えさせられるね。
てか超エンジョイしてるね、キューバライフ!楽しそぅ!!
けーこ
2012/01/31 22:49
キューバ、いいところ。
思い入れやキューバへの愛があるから、こんないい旅ができるんやね。
キューバ編おもしろい!
100人斬りすごいスピードやね。
ふま
2012/02/01 12:26
いいね!百回くらい押せないかな?
あきら
2012/02/01 12:55
>けーこさん
そうですね、色々と問題も多いですけどとにかく魅力的な国です。あー楽しかったー!

>まさあきさん
ほんといいところですよ、キューバは。
キューバ編は自然と愛情がよりこもっちゃいますね。w
100人斬りの結果もお楽しみに…!

>あきらくん
ありがとう!次もまたどう思ったか教えてくださーい★
かわちゃん
2012/02/01 23:50
記事を読みながら脳内トリップしてもうた( ´ ▽ ` )ノ
ええ言葉やなぁとええ国やキューバ、とすっかり現地気分になったあと現実に戻るとそこは餃子の王将でした( ̄▽ ̄)
たく
2012/02/03 11:58

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