かわちゃん紀行

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zoom RSS チャギートが背負っているもの。

<<   作成日時 : 2012/01/30 14:53   >>

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お正月を静かにハバナで過ごした後、オリエントに位置するサンティアゴデクーバに行くことにした。

朝8時前にイングラテーラホテル前からインフォトゥールのバス(51CUC)に乗って、田舎道をひたすら走り14時間。

結局10時前になってようやく目的地に到着した。



ここはキューバ第二の都市、サンティアゴデクーバ。

革命の舞台になったシエラマエストラ山脈を望む海沿いの町であり、後に革命の機運を高めることになるモンカダ兵営襲撃事件の跡地があるところだ。

キューバ革命に関心を持っていて、ここを目指さない人はいないと思う。

人々はこの町のことを【革命の里】と呼ぶ。



タクシーで中心部まで向かい、観光スタッフのクバーノにカサを紹介してもらいその日はすぐに眠った。

翌日から町歩きを始めると、至る所に革命に関するペイントや旗を見つけることが出来る。

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(街いい感じ)

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さすが。

ハバナのそれより確実に多い。

私のテンションもうなぎのぼりである。

人もハバナよりも随分人懐っこい。

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(建設資材で筋トレに励んでいた3人)

ハバナから一緒に来ていた日本人と二人で歩いていると、昔日本人の彼女がいて日本へ行ったことがあるという男性を含む二人組に出会った。

他の国だったら、詐欺師確定フラグな設定だけれど、ここはキューバ。

この町のことは何もわからなかったし、一緒に観光することにした。



街中で1モネダアイス(4円くらいかな)をおごってもらったりしながらぶらぶらと歩き、二人のオススメだというモロ要塞に行くことになった。

パルケセスペデスからタクシーで20分くらい。

入り口付近の雰囲気は、静かな海沿いの丘といったところ。

入場料(4CUC)を支払い、中に入る。

かつて要塞として使用されていた頃の資料や大砲などが展示されているスペースを抜けると、そこは中々の絶景だった。

青い空と、青い海、そしてシエラマエストラ山脈。

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小さな島もある。

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赤い屋根の可愛い民家がちょこちょこ連なっていて可愛い。

良い!

しばらくの間、とても静かなその要塞の上から景色を眺めた。

夜はラスアメリカスというホテルに入っているナイトクラブで、もはや人間とは思えないくらいの柔軟性を見せるキューバ人ダンサーの身体能力に脱帽しつつ、3人を斬って(何度も言うけどダンスでね)夜中にカサに帰った。




翌日は、7月26日モンカダ博物館へ行くことに。

ここは当時アメリカの傀儡政権だったバティスタの軍隊が使用していた兵営で、1953年7月26日にフィデルカストロ率いる約120名の革命戦士達がバティスタ政権の打倒を掲げて、奇襲をかけた場所だ。

けれど残念なことにその奇襲は失敗してしまい、フィデル自身も逮捕され、また多くの同士が戦闘で死亡、また捕虜となったメンバーも激しい拷問により半分以上が死亡してしまう。

しかし襲撃はただの失敗には終わらなかった。

弁護士だったフィデルは裁判の中で超有名な「歴史は私に無罪を宣告するだろう。」という自己弁護をし、また、拷問の写真がメディアにすっぱ抜かれてしまったことも政治犯への自由や恩赦を求める大きな運動(囚人の母親達が立ち上がったり)に火をつけた。

そしてフィデルは死刑判決を一度受けたにも関わらず、キューバ議会が可決した恩赦により釈放され、その後のメキシコへ渡り再び革命へと突き進んでいくことになる。

そしてメキシコでの準備期間(この間の反バティスタ組織運動を7月26日運動という)を経て、カストロ兄弟やゲバラを含む約80名の革命戦士を乗せたグランマ号は革命を成し遂げるために再びキューバを目指して出発することになるのである。

キューバ革命のはじまりとも言える場所なのだ。



知ってる人もいると思うけれど、キューバの革命記念日は7月26日。

バティスタが亡命した日ではない。(1月1日は解放記念日)

この襲撃事件の日を記念日として定めているのだ。

フィデルも腕章にこの日の日付をつけていたりする。

このことからもわかる通り、キューバ革命にとって、キューバ人にとって、モンカダ兵営はものっっすごい重要な場所であり、7月26日という日付もまたどえらい意味を持つのである。
(以上自分の記憶で書いているので間違ってたらごめんなさい。)



そんなハイパー重要な戦跡に行ってきた。

カバンの中には、カメラ、電子辞書、メモ帳、革命に関する文庫本が入っている。

もはや観光客ではないくらいの気合の入り方。(気持ち悪いとかいう苦情は受け付けません)

いや、こうして書いてみるとやっぱり気持ち悪いかもしれない…。

ま、いいか。

ハバナのそれとは比べ物にならないぐらいギラギラしたオリエントの太陽に焦がされながら(帽子2個ともなくしたから)、カサから歩いて20分くらいで博物館の敷地に到着。

しかし、全然入り口が見当たらない。

暇そうなキューバ人の中でも特に暇そうなクバーノのおっちゃんに聞いてみると、ぐるっと敷地を回るようにして反対側にいかなきゃいけないとのこと。

もっと話し相手になってほしいオーラ全開のおっちゃんを置いて、私は歩き始めた。

それにしても大きい。

さすが、当時キューバ国内で第二の規模を誇った兵営跡地である。

もうすぐ入り口という角を曲がろうとしたその時、私は見てしまったのだった。









おじいちゃんの排泄シーンを…!









いや、正確に言うならば、排泄しおえて、「いざパンツをはかん。」としているところと言うべきだろうか。

モンカダ兵営の塀におしりを向け(つまりこちら側を向いている)、すっきりとした面持ちでパンツとズボンをあげようとしていたのである。

っていうか…









ここめっちゃ大事なとこちゃうのーーーーーーーーー!!










まさかである。

っていうか、まさか過ぎる。

白昼堂々のわいせつ物並びに排泄物陳列罪。

あかんにも程があるで、おじいちゃんよ。

インドやないねんから。

まじで。

そしてびっくりし過ぎててガン見してしまっていた私と目があった瞬間、彼は結構距離の離れた私にこう言ったのである。








「オラ!」(やぁ!)と。








オラやあれへんがな。

このタイミングで、そんなおもろいこととかかんべんしてよー。



一応挨拶だけ返し、そのおじいちゃんがいた角を曲がって50メートル程歩くと、ようやく入り口が見えた。

気を取り直して敷地に入る。

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すぐ目の前に建つ黄色い兵営跡地には、いくつも生々しい銃撃戦の後が残っていた。

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少し重たい気持ちで建物の中に入ると、可愛らしい子供の声が聞こえてきた。

驚いてふと左をむくと、なんとそこは学校の教室だったのである。

スタッフに尋ねてみると、現在は博物館として使用されているところ以外は学校として使われているらしかった。

血なまぐさい場所だけに、なんだかちょっとほっとしたような気持ちになった。



その教室の前で入場料と写真撮影代を支払い、順路を進んでいく。

かつての兵営時代の資料から、徐々に7月26日の展示へと変わっていく。

メンバーの写真、名前、そしてどの場所で誰が息絶えたのかという見取り図のようなものまで展示されてある。

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そして拷問に使用された数々の道具、遺体の写真なんかも。

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目を背けたくなるのをこらえてシャッターを押した。

他にもフィデルが身につけていた衣服や、戦闘に使用された銃などが展示されている。

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2時間くらいかけて電子辞書片手にひとつひとつわからない単語を調べながら進んだ。



途中、中庭に面した窓から、明るい日差しの下で制服を着て走り回る子供達が見えた。


彼らは無料で教育を受けることが出来ている。

大学へ行くことももちろん、奨学生として海外に学びに行くことだって出来る。

病気になれば誰でも病院に行ける。

革命以前なら、ごく一部の人間だけしかそんなことは出来なかっただろう。


60年近くも昔に、国を憂いた若者達が文字通り命をかけて起こした事件があの子供達の今へと繋がっているんだと思うと、言葉にならない気持ちになった。



話は少し変わるけれど、サンティアゴデクーバには都市のマスコットがいる。

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(町の至る所にいる)

あまり観光客には知られていないけれど、愛称はチャギートというそうだ。

日本語で言うと、サンティアゴ君という感じ。

ひょうきんでかわいい顔をしているけれど、頭に巻いているハチマキには7月26日の日付が記されている。

そして布地の赤は『血』、黒は『闘い』を意味していると聞いた。

手には刀のようなものも持っている。

チャギートは、他のキューバ人がそうであるように楽しそうな笑顔をしている。

でも、



「7月26日を決して忘れない。私達は革命の子なんだ。」



そんな意味が込められているのだと、キューバ人から話を聞いた。

チャギートが背負っているもの。

それは日本人には考えられない程、実は大きく深いのだ。




…にしても、あのおじいちゃん。





やっぱりあかんと思う!!





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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ルワンダのKigali Memorial Centreに電子辞書片手に行ったことを思い出す。

「言葉にならない気持ち」がすっごく分かる気がする。
みつ
2012/01/30 17:47
>みつくん
ルワンダいったんや!それうちも行ってみたいなぁ。
ほんと、どう言葉で表しても適当じゃないというか、そんな感じがしたなぁ。
かわちゃん
2012/01/30 23:31

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